プロレーサー福永修

 

全てのモータースポーツと、クルマを愛する人たちへ・・・。数々のモータースポーツ参戦で培ったノーハウを活かし、クルマの楽しさを伝えたい。

OSAMU FACTORY One Off ServiceOsamu Fukunaga

株式会社OSAMU-FACTORY  代表取締役 福永 修
OSAMU-FACTORY RALLY TEAM 所属
2015年 全日本ラリー選手権 総合ランキング5位
国際C級ライセンス


世界のトヨタ自動車株式会社
代表取締役 豊田章男社長と一緒にラリー出場


Profile プロフィール

株式会社OSAMU-FACTORY  代表取締役 福永 修 全日本ラリー選手権を中心に参戦し2015年 日本総合ランキング5位
2014年はイギリスで開催の世界ラリー選手権(WRC)ラリーGBにも参戦。
世界ラリー選手権(WRC)2006年のラリージャパンで総合16位
2008年に自身が初めに立ち上げたセーフティドライビングフェスタは、これからのモータースポーツ振興への狼煙的な活動の始まりになるように、啓発活動、ならびに社会貢献活動の一環で毎年開催しております。
地域創生を軸に2輪、4輪の融合となった城陽スーパージャンプエクストリームの実行委員長を務め、地元のモータースポーツ活性化にも繋がる活動をしています。
自社で開発した手動運転装置アクティブクラッチで健常者も非健常者もない社会づくりを目指しモータースポーツで国境をなくす活動を世界中に広げています。

セーフティードライビングフェスタ

レース記録
OSAMU FACTORY モータースポーツチーム
フォトギャラリー

福永修モータスポーツへの想い

1、少年期のモータスポーツへのあこがれ
プロドライバー福永修です。
少年の頃のマンガの影響でバイクに興味をもち、若かりし時はたくさんの峠を走っていました。
ある日、峠でバスとの衝突で大事故。その結果、右手複雑骨折で傷害を負い、握力がなくなり、(再びバイクに復活する筋力をリハビリにするには多大な時間が必要で)
二輪ほど負担の掛からない四輪に興味を持ちはじめました。
また、兄貴が四輪のダートトライアルをやっていた影響もあり、私自身も真剣勝負の競技の世界に入りたいと思い、19歳の時にライセンスを取得。
これがわたしの四輪競技との出会いになります。

2、全国ジュニアオールスター大会へ
わたしの競技人生は、3年目で開花しました。
近畿ウエスタンシリーズのチャンピオンとなり、全日本ジュニアへの道が拓けてきました。
当時、全日本の登竜門、全国ジュニアオールスターの大会に出場。
この大会で名を馳せようと、アクセルを抜かない走りで優勝を狙うが大クラッシュ。
車を全損、愛車が無くなり、その上に借金がかさみ、全日本への道は断念。
モータースポーツ競技への道をあきらめることに。

3、オサムファクトリーの創業
競技への道はあきらめ、わたしは車好きが集まる自身のショップを創りたいと思い、一からメカニックを勉強をはじめる。
23歳(平成6年4月1日)、オサムファクトリーを創業。
若かりし日の独立で、失敗の連続でした。
仕事に追われる日々でしたが、、いつの日か競技に復活したい想いは強く、商売をしながらもライセンスは更新をしておりました。

4、競技の世界へ想い
月日は流れ、たまたま、知り合いの方が競技に出場できなく、ドライバー変更で4年ぶりにハンドルを握ることに。
なんと、この大会で優勝してしまう。
優勝の瞬間に込み上げた、モータースポーツへの感動。
これが私を競技の世界へ引き込みました。
この感動は今も忘れられません。
そして、同時期にオーストラリアのパースの街で開催された世界ラリー選手権(WRC)にメカニックで同行。
世界の凄さを目に焼き付けられました。

5、ふたたび競技へ飛び込み、目指すは、世界ラリー選手権(WRC)
ドライバー変更で出場した大会での優勝、オーストラリアでの感動が重なり、26歳の時、広大な敷地で行う世界ラリー選手権への道を志す。
CA4Aミラージュを購入し、近畿選手権出場し、ランキング5位。
2年目は、CJ4Aミラージュに乗り換え、ランキング2位までステップアップ。
特に、地元京都で開催された大会で並みいる競合を抑え、ランサーインプレッサーのクラスも抑え、総合オールベストで優勝もあった。
通常であれば3年目は、一つ上のクラスであるランサーやインプレッサーの車種でラインキング1位を狙うがすぐさま全日本ラリー選手権に出場していくこととなりました。
ランキング22位からはじまり、年々順位を上げ、ついに33歳のとき、世界ラリー選手権 ラリージャパンに出場し、総合18位。
その後も、数年連続して大会出場を行いました。

6、世間のモータスポーツへの風当たり
その後も参戦を重ね、スポンサー活動を行っている時、「君らは暴走族を助長しているのでは」といった全否定される言葉をあびせられた。
車社会と言われる現代社会で、モータースポーツはイメージが悪いことをヒシヒシと感じることに。
全日本のトップで走っているだけでは、井の中の蛙、自身の自己満足であり、これでは大好きなモータースポーツに将来がない!
との思いから、すこしでも自分何かにできることがないか!
ということで、セーフティードライビングフェイスタを企画。
イベントは、日本世界で活躍するスーパースターをゲストに呼んで、安全の講習会やフィギア(車幅間関を身につける)、ABS(ブレーキ装置)の体験、飲酒運転の撲滅の講演を行う。

7、セーフティードライビングフェスタの在り方
セーフティードライビングの活動を行っていく中、兵庫県総合リハビリテーションセンターで行った活動が、もっとも印象に残る。
イベントとしては、小さな会場であったが重度障害をお持ちの方に沢山出会え、直接お話する機会を多く持てた。
リハビリテーションセンターのスタッフから、わたしの主催するセーフティードライビングフェスタの活動は、障がい者の社参加するキッカケであり、車で外に出る自立支援を目的でもあることを教えられる。

8、みなさんの夢をかたちに、手動運転装置アクティブクラッチの誕生
セーフティードライビングフェスタを通じて障がいをお持ちの方と接していく中、いままで乗れなかったミッション車の運転をしてみたい!
という要望が多く、また、より安心感のある運転装置のオールジャパンの製品が求められていることに、オサムファクトリーとして手動運転装置の自社開発に着手。
これが手動運転装置アクティブクラッチの誕生です。
この手動運転装置アクティブクラッチを、世界中の障がいを抱えている人に広めていきたい!
というのが現在の私の目標です。

9、だれでもできるモータスポーツ、モータスポーツは生涯スポーツ
現在、わたしは車を愛する方々が集まるショップで、より安全な車のメンテナンス、チューンナップ活動を行っています。
レクリエーションで野球やサッカーをするように、健常者から障がい者までの多くの方々がレクリエーションでモータスポーツが来る日を夢見て。
モータスポーツは生涯スポーツです。
レッツ、エンジョイ モータスポーツ!


氏名

福永 修

生年月日

昭和45年12月6日  戌年

所属クラブチーム・オサムファクトリー (T・O・F)代表
ライセンス 国際インターC級
職業

株式会社OSAMU-FACTORY 代表取締役

セーフティドライビングフェスタ実行委員会 委員長

神戸ユニバーサル研究会 副代表

**自身の活動**

自社で企画開発している手動運転装置アクティブクラッチを通じて
モータースポーツにバリアが無い世界の実現を目指しております。
それは障がいを持った方でも同じ車を使って競い合える環境を作りたいと考えています。
障がいがあってもミッション車が乗れて同じ土俵で戦える事が自身の自信になり
社会参加するモチベーションに繋がることが本当の自立支援になると考えております。
健常者も非健常者もない社会づくりの実現がこれからのモータースポーツを社会貢献活動への足掛かりになると感じております。

モータースポーツに国境はありません!
Go on! Active driving

【ヒストリー】1989年 JAF公認近畿ダ-トトライアルジュニア選手権に参戦
1990年 JAF公認近畿ダ-トトライアル選手権にCⅡクラスで初エントリ-
1991年 JAF公認近畿ダ-トトライアル選手権にAⅢクラスシリ-ズ6位
     JAF公認近畿ダ-トトライアルジュニア選手権AⅢクラスシリ-ズ2位
     ウエスタンシリ-ズAⅢクラスシリ-ズチャンピォン
1996年 JAF公認近畿ダ-トトライアル選手権にAⅡクラスで参戦
1997年 この年よりラリ-に参戦JAF近畿・中部ラリ-選手権Bクラスシリ-ズ5位
1998年 近畿ラリ-チャンピォン選手権Bクラスシリ-ズ2位
1999年 JAF公認全日本ラリ-選手権4輪駆動部門Cクラスにインプレッサで参戦
     シリ-ズ22位
2000年 JAF公認全日本ラリ-選手権4輪駆動部門Cクラスにランサ-EvoⅥで
     参戦シリ-ズ17位
2001年 JAF公認全日本ラリ-選手権4輪駆動部門Cクラスにランサ-EvoⅥで
     参戦シリ-ズ10位
2002年 JAF公認全日本ラリ-選手権4輪駆動部門Cクラスにランサ-EvoⅦで
     参戦シリ-ズ13位
     FIAアジアパシフィックラリ-選手権に参戦
2003年 JAF公認全日本ラリ-選手権4輪駆動部門Cクラスにランサ-EvoⅦで
     参戦シリ-ズ8位
2004年 JAF公認全日本ラリ-選手権4輪駆動部門Cクラスにランサ-EvoⅦで
     参戦シリ-ズ10位
2005年 JAF公認全日本ラリ-選手権4輪駆動部門Cクラスにランサ-EvoⅥで
     参戦シリ-ズ10位
     FIA世界ラリー選手権第13戦ラリージャパンにN4クラスに参戦
     マシントラブルでリタイヤ
2006年 JAF公認全日本ラリ-選手権JN4クラスにランサ-EvoⅧで
     5位でゴール後再車検落ち
     JAF公認地方選手権中四国てっぺんラリーN4クラス 優勝
     FIA世界ラリ-選手権第11戦ラリージャパンにN4クラスに参戦
     総合16位N4クラス8位
2007年 JAF公認全日本ラリ-選手権JN4クラスにランサ-EvoⅨで
     京都南丹ラリーで総合4位
     FIA世界ラリ-選手権第11戦ラリージャパンにN4クラスに参戦
     総合22位N4クラス13位
2008年 JAF公認全日本ラリ-選手権JN2クラスにブーンX4で参戦
     シリーズ3位
     FIA世界ラリ-選手権第11戦ラリージャパンに参戦
     総合47位
2009年 JAF全日本ラリー選手権JN4クラスにランサーエボ9で参戦
     全日本ラリー選手権 総合ランキング4位・JN-4シリーズ4位
     FIAアジアパシフィックラリー選手権ラリーチャイナに参戦
2010年 JAF全日本ラリー選手権JN4クラスにランサーエボ10で参戦
     全日本ラリー選手権 総合ランキング3位・JN-4シリーズ3位
     FIA世界ラリー選手権ラリージャパンにスイフトスポーツで参戦
2011年 JAF全日本ラリー選手権JN4クラスにランサーエボ10で参戦
     全日本ラリー選手権 総合ランキング5位・JN-4シリーズ5位
2012年 JAF全日本ラリー選手権JN4クラスにインプレッサGRBで参戦
     全日本ラリー選手権 総合ランキング6位・JN-4シリーズ6位
2013年 JAF全日本ラリー選手権JN4クラスにインプレッサGRBで参戦
     全日本ラリー選手権 総合ランキング6位・JN-4シリーズ5位
2014年 JAF全日本ラリー選手権JN6クラスにインプレッサGRBで参戦
     全日本ラリー選手権 総合ランキング6位・JN-6シリーズ6位
2015年 JAF全日本ラリー選手権JN6クラスにランサーEVO10で参戦
     全日本ラリー選手権 総合ランキング5位・JN-6シリーズ5位
2016年 JAF全日本ラリー選手権JN6クラスにランサーEVO10で参戦
     全日本ラリー選手権 総合ランキング5位・JN-6シリーズ5位